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診療日記ブルー


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バイオトライポロジー 2004年02月26日(thu)

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 頚には骨以外にも、それをそれをとりまく筋群や重要な血管や神経が通っております。血管などは弾性線維といい、丁度ゴムホースの様なものです。これを引っ張ると、どうなるでしょう。当然ゴムホースは伸びた分、管の中は細くなります。そうなると血圧は上昇します(ホースで水をまく時、出口をつまんで細くすると水は勢いよくでるでしょ)。神経も引き伸ばされると細くなり、伝達が悪くなります。稀に引っ張ることにより痛みが軽減する方がいますが、これは神経伝達が鈍くなりマヒした為で、良くなったからではありません。
 上方に少し引っ張ってみると、前後左右に動かしてみてもなかなか動きません。ところが上から、ぐっと押してみるとスルスルと滑るのがよく分かります。つまり人の関節は引っ張ると機能が悪くなるのです。逆に軸圧をかけてやると潤滑がよくなり関節の機能は良くなります。


 バイオトライオポロジーにより以上の理由で、スプリントがいかに有害であるか分かってもらえたでしょうか?トライポロジーというのは摩擦学。なみに人間の間接の摩擦係数っていうのは、ベアリングとかの摩擦係数よりも2ケタくらい低いのです。歯同士はつねに接触しています、そして傾けさせると必ず滑っていきます。これは歯という関節に直接的に力を受けさせると、始めて力が働くと骨が再構築され、しっかりと位置が歯自らの判断で確定するのです。
 
 シカではデジタルな国家試験的5者選択のマークシートにより必ず正解が1つあり、分類上に分けられたチャート式思考での“いわゆる科学”の迷信が多く横行している。だからわからないことは即ストレスのせいにしたり、迷宮入りになってしまうわけである。
効いた、効かないレベルに終止した分析力のない非論理的な科学であり、このようなシカ学的な思考によってもたらされた稚拙な装置では、治療方針の限界や無能さを自ら実証し証明するようなものである。特に筋骨格系の疾患に対しては人間の機械的、器質的異常部位だけに焦点を置くのではなく、有機的、機能的異常を全体的に分析することが重要であり、このように目に見えないアナログ的な有機、機能、神経学的バランスを診ずに、目に見える部分の構造学的構築を目的とする大がかりな治療を行うことで良い結果が出るのかどうかもうそろそろわかってきたことだろう。シカで経験すれば、誰でもわかる。スプリントの後まやかしのガクイに合わせて治療してはいけないことだし、スプリントをはずした後の処置くらい「大変困難な治療」はみたことがない。今度は無理やりシカでリセットされた脆弱で崩れやすい体質に変えられた身体との最終決戦になるからだ。その身体はあなたの身体ではなく、まさしくスプリントの化身である虚弱に変えられた身体である。虚偽な体質を基準にあわせては、本当の歯の治療ができないのは当然だ。健全な歪んでいた身体が前の本当の身体であるから。身体はそう構築されていたのだ。

 よくあるどちらで噛んでという指導はまったく意味をなさない、かならず両方を使う必要があるからだ。
成人の約70%の正中が、開閉運動軸に対して1°〜5°傾斜している。すなわち最初からある固有の小さな偏位によって最初から左右が均等でないものを、個人にあわせた左右均等に働けるよう角度を持って配慮し、歯の治療にあたって正しい機能に再現することが前提である。シカでは顎関節の治療を特にレントゲン、模型などを利用、構造学的評価を先に優先し、理想とされる標準的位置に合わせようとする。その理想とされる位置、噛み合わせは、データによる平均値に適合させるという単純なモノではないはずである。顎関節の機能を統合させる筋肉の働きすなわち神経機能を無視して、模型やレントゲン評価だけで左右対称、平均角度に合わせようとするのは典型的なシカ的思考であり、有機体である人間の機能を評価しない身体を無視した治療法になる。いくらシカで理想的な構造になっても良い臨床結果と評価は望めない、よっていつまでたっても到着できない蜃気楼のような「仮の理想」である。
   あるあるといわれる「理想郷」といわれて久しいのはそのためである。到達できず志しなかばで悲しくも座礁する、さらに見た目にとらわれて悪化し壊していく現状である。 本当の身体にあわせなければ、いつまでたっても到達できません。


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