宮本武蔵が、生前洞窟の中にこもって、禅を組みながら、書かれたのが、五輪書だ。
<水になれ>
自分の剣は、水を手本としてきた。
水は器に従い、色形をなし、ひとしずくから、大海原にも成る。
心も体も自在に流れる、水に習うのが肝要である。
───────宮本武蔵(五輪書『水の巻』)
かっこいいところばかりを書いてきたが、実は、そのようにかっこいい歯科医になるまでには、遠くて長い道のりがある。宮本武蔵はいった。「千日の稽古を持って鍛とし、万日の稽古をもって錬とする」と。
歯科医師にもこの長い鍛錬の期間が必要である。
例えば総義歯で咬合を鍛えるのはどうだろう、「調整」に失敗したらまた作ればよい。削ることのやり治せる他の処置でもいいかもしれない。現在の歯の治療は残念ながらだめになった歯を修復で入れていく補綴治療が中心である、だから日々1本のインレーからでよい、確実に正しい咬合で歯や身体に歪みを与えず偏位させない治療をきちんとおこなってみよう。繰り返し繰り替えし、やがて積み重なれば自然と何千、何万と経験ができあがる多数の症例となる。意識していなければすべて通り抜けてしまう。どのような症例でも治療後毎回確実に合っていることを確認してから帰宅させるのが条件である。やがておのずと相手の欲しかった咬合が読みとれるだろう。
総義歯つまり無歯顎は最初のうちはとても難しい、粘膜は歯根膜程動かなく、そして歯以上敏感にすべてを察知できるからである。歯を喪失したことで、歯がなくてもできるようになるのだろう。察知をあなた自身、自己内部に取り込めるようになり、相手の心を読めるように訓練してみよう。時間はかかるかもしれないが、今後一旦できるようになれば、歯のない無歯顎より歯のある有歯顎のほうが、遥かに簡単なこととわかるはずである。
処置する歯は動くから本人は気がつかない、だからこそ歯科医が正しく修正して戻してあげる必要がある。
「眼に見えない動きをみよ、歯の動きを最後まで読み取れ!」
長い間鍛練し自分なりに技術をマスターしたすえに、歯の治療を行う歯科医は、自分が最良の技術を発揮できるという「自己確信」をもって、臨むべきである。どんな顎でも噛み合わせが安定させて誘導できることが可能であると。歯科医の唯一の目的は「患者の幸福」である。目的の達成が至福の喜びにしよう。
最後に最も難しいことを歯科医のあなたに教えよう。それは、正しく実践し確信を持って実行することだ。そうすれば確実に構築できる。勘違いしてしまうことは、講議を聞いて知っていることと、実際に実践することの間には大変な距離があることである。今までの私の言ってきたことを「頭でなく」理解し本当に実践することができれば、間違いなくすばらしい歯科医師である。